google-site-verification=z7gS8eHTlPt_f0hdzGyrXuTDTPvpHFzucDz8MHVmzRE

前健雑記

漫画家を志すも夢破れたライターの40代「半隠居」男による雑記

筒美京平の偉大な記録&彼に国民栄誉賞が贈られなかった理由を考える

2020年10月7日、作曲家の筒美京平誤嚥性肺炎にて80歳で亡くなりました。

 

筒美京平といえば、1960年代から数え切れないほどのヒット曲を世に送った日本一の総売り上げを誇る作曲家

 

あの平成の大天才・小室哲哉さえも、こと作曲家としての売り上げではわずかに及ばないほどのスーパーヒットメーカーです。

 

 

 

筒美京平の代表的な作品を挙げればキリがないほど。日本人ならば彼が作った曲をまったく知らない、ということはないと思います。

 

1960年代のヒット曲


『ブルー・ライト・ヨコハマ』(歌・いしだあゆみ 作詞・橋本淳)

 

 

1970年代のヒット曲


また逢う日まで(歌・尾崎紀世彦 作詞・阿久悠

 

 

木綿のハンカチーフ(歌・太田裕美 作詞・松本隆

 

『魅せられて』(歌・ジュディ・オング 作詞・阿木燿子

 

 

1980年代のヒット曲


『スニーカーぶる~す』(歌・近藤真彦 作詞・松本隆

 

 

センチメンタル・ジャーニー(歌・松本伊代 作詞・湯川れい子)

 

 

なんてったってアイドル(歌・小泉今日子 作詞・秋元康

 

 

1990年代のヒット曲


『強い気持ち 強い愛』(歌・小沢健二 作詞・小沢健二

 

 

『やめないで,PURE』(歌・KinKi Kids 作詞・伊達歩

 

 

2000年代のヒット曲


『AMBITIOUS JAPAN!』(歌・TOKIO 作詞・なかにし礼

 

 

年代別に動画をご紹介しましたが、他にもサザエさん』『真夏の出来事』『さらば恋人』『17才』『男の子女の子』『赤い風船』『わたしの彼は左きき』『東京ららばい』『飛んでイスタンブール』『セクシャルバイオレットNo.1』『夏色のナンシー』『Romanticが止まらない』『卒業』『仮面舞踏会』『WAKU WAKUさせて』『抱きしめてTONIGHT』『人魚』『恋のダウンロード』…本当に挙げれば挙げるほどキリがありません。

 

 

 

筒美京平作品でミリオンセラーを記録したのは『ブルー・ライト・ヨコハマ』『魅せられて』『スニーカーぶる~す』の3曲。しかし、実は総売り上げ2位の小室哲哉はミリオンセラー20曲(そのうちダブルミリオンは4曲)、3位の織田哲郎はミリオン12曲ということで、筒美京平は「特大ヒット」という名のホームランは実は少ないのです。

 

もちろん小室哲哉織田哲郎が活躍した90年代と筒美京平の全盛期である70年代では音楽市場の規模などをはじめ、状況がかなり違います。ただ、単純に比較するならば小室・織田が大きなセールスを連発するホームランバッターだとしたら、筒美京平は中ヒット(けっこう会心の当たり)を長年連発したアベレージヒッターだと思います。実際の野球選手だとイチローみたいな感じですね。

f:id:daemax:20201130161706j:plain



 

 

さて、作った楽曲が多くの日本人の身体に染みついている筒美京平。こんなにまで圧倒的なヒットメーカーならば、国民栄誉賞モノだと私は思っていました。しかし、そういう話はまったく出ないまま、この記事を書いている2020年11月30日になってしまいました。

 

実は、国民栄誉賞は「作詞家には厳しく作曲家が優遇されている」という現実があります。作曲家はこれまでに、古賀政男服部良一吉田正遠藤実と、四人が受賞しています。また、2020年、NHKの朝ドラ『エール』で主人公のモデルになった古関裕而も授与が打診されました(彼の場合は遺族が辞退)。それに比べて作詞家の受賞はこれまで一度たりともありません。

 

亡くなった当時、歴代最高の売り上げを誇っていた作詞家の阿久悠でさえ受賞できませんでした。

 

作詞家の受賞はなぜ難しいのだろう…? と不思議ですが、ひとまず稀代のヒットメーカーであり、先述した四人の作曲家を圧倒しているはずの筒美京平がなぜ国民栄誉賞を受けることができなかったのか? を私なりに考えてみました(新型コロナウイルスの感染拡大を受けて「国民栄誉賞の話をしている場合ではない」という話は、誰にでも当てはまりうる問題なので一応除外します)。

 

 

1.管総理・有識者などの筒美京平への無理解または誤解


国民栄誉賞の対象者は「内閣総理大臣が本表彰の目的に照らして表彰することを適当と認めるもの」であり「民間有識者の意見を聞く」とも定められています。よって、多くの国民感情とは若干の食い違いが生じてしまうのは致し方ないかもしれませんね。やはり管総理をはじめお年を召した方々が多いようですし。

 

管総理や民間有識者がまったく筒美京平を理解していない…というのは言い過ぎかもしれませんが、よく考えれば管総理が近藤真彦の『ギンギラギンにさりげなく』を口ずさむ姿はさすがに想像がつきません。

 

 

2.「戦後の日本人を勇気づけた」という言葉の呪縛、筒美京平の存在の希薄さ


国民栄誉賞は「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものについて、その栄誉を讃えること」と規定されています。

 

それなら筒美京平は賞にふさわしいじゃないか…と思いましたが、これも少し考えてみると先述の受賞した作曲家たちは、戦後すぐの歌謡界での活躍がメイン。筒美京平は、ある程度日本が豊かになった時期からの活躍で「社会に明るい希望を与え」たというよりは、成熟・爛熟した社会でソフィスティケートされたヒットを放ち続けたという点で少々ニュアンスが違うのかもしれません。

 

また「広く国民に敬愛され」…という文面も引っかかります。筒美京平の曲は広く愛されましたが、彼自身は大のマスコミ嫌いで有名。ほとんどの国民が筒美京平の人となりを知らない、というのはもしかしたら一番のネックとなったのかもしれません。

 

3.そもそも「作曲家は偉い」という時代が終わった


レコード・CDなどの売り上げは、かつての勢いなど影も形もない昨今。音楽の存在があまりにも軽くなりすぎてしまいました。音楽家が精魂込めて制作したアルバムを、リスナーが気合いを入れて聴く時代でもなくなってしまいました。

 

そのような世の中において、作曲家という職業の地位も低くなってしまったのでは? という思いに駆られることがありますね。かつてはかなり花形職業だった気がしますが。

 

実際、Perfumeなどの楽曲を手がける売れっ子ミュージシャン・中田ヤスタカも「作曲家はもっと地位が上がってもいいんじゃないか」といった発言をしています。あんなに有名な人が言うのだから相当作曲家は苦しい立場に追いやられているのではないか、世間が作曲家を尊敬しなくなったのではないかと寂しい心持ちになります。

 

 

思いつくままに書きましたが、国民栄誉賞はあくまでお国が勝手に恣意的に民間人に与える賞。そして、本人の死後に与えるというのもちょっと意味がない気がします。

 

筒美京平という偉大なヒットメーカーがいたという事実は揺るぎません。さらに、彼が生み出した名曲は記録はもちろん、今後も確実に日本国民の心に残っていくことでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

daemax-maeken.hatenablog.com

 

 

daemax-maeken.hatenablog.com

 

 

 

daemax-maeken.hatenablog.com

 

 

 

daemax-maeken.hatenablog.com

 

 

daemax-maeken.hatenablog.com

 

 

daemax-maeken.hatenablog.com

 

 

daemax-maeken.hatenablog.com

 

 

daemax-maeken.hatenablog.com

 

 

daemax-maeken.hatenablog.com